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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)2300号 判決 1989年7月10日

甲、乙両事件原告兼丙事件被告

安信啓

甲、乙両事件被告兼丙事件原告

学校法人工学院大学

右代表者理事

高山英華

右訴訟代理人弁護士

五三雅彌

後山英五郎

主文

一  甲、乙両事件被告兼丙事件原告は、甲、乙両事件原告兼丙事件被告に対し、別紙物件目録記載の建物部分を引き渡せ。

二  甲、乙両事件被告兼丙事件原告は、甲、乙両事件原告兼丙事件被告に対し、金五万円を支払え。

三  甲、乙両事件原告兼丙事件被告のその余の請求を棄却する。

四  甲、乙両事件原告兼丙事件被告は、甲、乙両事件被告兼丙事件原告に対し、甲、乙両事件被告兼丙事件原告から別紙物件目録記載の建物部分の引渡しを受けたときは、同建物部分を明け渡せ。

五  訴訟費用は、これを二五分し、その一を甲、乙両事件被告兼丙事件原告の負担とし、その余を甲、乙両事件原告兼丙事件被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  甲、乙両事件原告兼丙事件被告(以下単に「原告」という。)

1  甲、乙両事件被告兼丙事件原告(以下単に「被告」という。)は原告に対し、金一二〇〇万円を支払え。

2  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の建物部分を引き渡せ。

3  被告の反訴請求を棄却する。

4  訴訟費用は、被告の負担とする。

5  第1、2、4項につき仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  原告の2の請求が認容されるときは、主文三項と同旨

3  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

(甲事件)

一  請求原因

1(一) 原告は、大正二年五月四日生まれの工学博士であるが、昭和四七年四月、被告にその設置する工学院大学(以下「被告大学」という。)の教授として雇用された者である。

(二) 被告大学の電気工学科主任教授森泉袈裟弥(以下「森泉教授」という。)は、右雇用契約に先立って、昭和四六年末ころ、原告に対し、被告大学教授の定年は満七三歳(原告については昭和六二年三月末日)であり、その後暫定特別専任教授として満七五歳まで(原告については平成元年三月末日まで)勤務することができる旨の説明をし、右説明のとおりの内容で雇用契約を締結したものである。

(三) なお、森泉教授は、電気工学科の教員の採用については、被告から代理権を授与されていた。そうではないとしても、電気工学科主任教授という名称は、電気工学科の業務に関する代理権を与えた旨の表示であり、電気工学科の教員の採用はその代理権の範囲内である。

2 しかるに、被告は、昭和五三年九月二九日、定年規程及びこれと一体の暫定特別専任教員規程(以下、総称して「本件規程」という。)を作成した。本件規程によると、被告の教員は、満六七歳をもって定年とし、定年の年齢に達した年度末(三月三一日をいう。以下同じ。)に退職するとされ、その付則をもって経過措置が定められ、昭和五二年度末現在満六四歳の教授(原告はこれに当たる。)については七〇歳を定年とし昭和五九年三月三一日が定年退職の日とされ、定年退職の次の年度から二年度間は暫定特別専任教授に就任しうるとされた。

3 そして、被告は、本件規程に基づき、原告が昭和五九年三月三一日に退職し、同規程による暫定特別専任教授に就任し、昭和六一年三月三一日をもって暫定特別専任教授をも退職したものと取り扱った。

4 しかしながら、次のとおり、原告が本件規程によって被告を退職したものとして取り扱うことはできない。

(一) 原告は右1のとおりの約定の雇用契約を締結しているのであるから、これを不利益に変更する本件規程は無効である。

(二) 本件規程は、教授会の審議・決定を経ておらず無効である。

(1) 被告大学の学則一三条は、「教員の人事に関する事項」を教授会の審議事項の一つとして規定している。そして、この「人事に関する事項」には教員の定年が含まれることは、教育公務員特例法八条二項の趣旨に照らしても明らかである。すなわち、教育公務員特例法八条二項は「教員の停年については、大学管理機関が定める。」と規定し、右「大学管理機関」は同法二五条一項一号によって一個の学部を置く大学にあっては「教授会」と読み換えられている。つまり、国公立大学で被告大学のように一個の学部を置く大学では教員の停年については教授会が定めるものとされているのである。これは、憲法二三条、教育基本法二条及び学校教育法五九条を具体化したものであるから、教育公務員特例法は被告大学には適用されないが、その精神は私立大学においても尊重されなければならないからである。

(2) 被告においては、教員の定年についても教授会で審議・決定する慣行があり、これは「事実たる慣習」となっていたものである。

すなわち、被告大学は、昭和二四年に教授らが中心となって、前身の工手学校及び工学院の卒業生や有志の賛助者らが集めた寄付金を資金として、工学院工業専門学校を大学に格上げしたものであって、その創立のいきさつからも、初代学長をはじめとして多くの教授が国公立大学教授の経験者であったということからも、「大学の自治」が根深く確立し、その教授会の運営は教育公務員特例法を準用することが慣行となっていた。そして、教授の定年についても、次のように教授会で決定してきた。

ア 昭和四四年一二月二三日の教授会で、昭和四四年度教授定年を教授満七五才、暫定特別専任教授満七七才と審議決定した。

イ 昭和四五年一二月七日の教授会で、昭和四五年度教授定年を教授満七三才、暫定特別専任教授満七五才と審議決定した。

以後、昭和五三年度までイと同内容の定年制が教授会の審議決定により実施されてきた。

(三) 本件規程は、就業規則制定のための手続を経ておらず、労働基準監督署への届出もないなど就業規則ではなく、原告に対し効力を生じない。

5 損害

(一) 逸失利益

原告は、無効ないしは原告に対しては効力のない本件規程に基づき、昭和五九年三月三一日限り、被告大学の教授を定年退職し、同月一日暫定特別専任教授を委嘱され、昭和六一年三月三一日限り暫定特別専任教授を期間満了により退職したものと扱われた結果、原告は、昭和五九年四月一日から昭和六一年三月三一日までは暫定特別専任教授として教授の給与の半額しか支給を受けられなかったのでその差額相当の損害を被り、昭和六一年四月一日から平成元年三月三一日までは教授又は暫定特別専任教授としての給与を得られず給与額相当の損害を被り、また、退職金も減額され、その差額相当の損害を被った。その総額は、別紙逸失利益計算書のとおり三五八六万四〇五〇円となる。

(二) 慰藉料

また、原告は、違法に退職したものと取り扱われたことにより多大な精神的苦痛を被った。この苦痛を慰藉するためには少なくとも一〇〇万円が相当である。

6 よって、原告は、債務不履行又は不法行為による損害賠償として右逸失利益三五八六万四〇五四円のうち一〇〇〇万円及び慰藉料一〇〇万円の合計一一〇〇万円の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1(一) 請求原因1(一)は認める。

(二) 同1(二)及び(三)は否認する。

電気工学科主任教授という名称は、なんら代理権を与えた旨の表示とはならない。

法人の経営に関与しない主任教授が教員採用の代理権を有することなどありえない。

2 請求原因2、3は認める。

3 請求原因4、5は争う。

4(被告の主張)

本件規程は、大学の教授の学問、研究、教育に関する適格性が老齢化に伴い逓減することを考慮し、教授人事の硬直化を防止し、後進に昇進の道をひらき、活力ある研究・教育の場を教員及び学生に付与し、人件費を中心として、予算をより効率的に使用し、財政計画を確立することを目的とするもので、他大学の定年年齢をも充分に考慮し、高年齢者の急激な身分の変更による不利益を避けるため経過措置をも充分に組み入れられて立案されたもので、その内容は極めて合理的なものであり、被告大学の教授会、教授総会、被告の教職員で構成する労働組合、非組合員をも構成員とする定年制対策委員会等の意見を聞き、修正すべきものは修正されており、制定の手続きも適正であって、就業規則として適法・有効に定められたものである。そして、原告は、本件規程に基づき昭和五九年三月三一日の経過により、被告の教授を定年退職し、同規程に基づく暫定特別専任教授も昭和六一年三月三一日の経過によって期間満了により退職した。

(乙事件(本訴)及び丙事件(反訴))

一  本訴の請求原因

1 原告は別紙物件目録記載の建物部分(以下「本件研究室」という。)を研究室として占有していた。

2 被告は、昭和六一年四月一日、ほしいままに原告の所有する書籍、資料、什器等を本件研究室より搬出し、その鍵を取り替えて、原告の占有を奪った。

3 被告は、右占有奪取の際、原告が右研究室内に保管していた原告所有の印章一個(一〇万円相当)を奪い、卒業生の卒業論文約五〇〇冊(一冊五〇〇〇円相当、合計二五〇万円相当)を廃棄した。また原告は研究室を使用できなくなったことにより永年続けてきた研究の最終仕上げをすることができなくなり、多大の精神的苦痛を受け、右苦痛を慰藉するためには少なくとも一〇〇万円が相当である。

4 よって、原告は、被告に対し、占有訴権に基づき本件研究室の引渡を求めるとともに、不法行為による損害賠償として3の損害三六〇万円のうち一〇〇万円の支払いを求める。

二  本訴の請求原因に対する認否

1 請求原因1は認める。

ただし、被告の総務部職員も本件研究室の鍵を保管し、管理のため出入りしていたほか、被告大学の講師及び学生も必要に応じ適宜本件研究室に立ち入りこれを使用しており、原告の本件研究室の占有は、単独の排他的かつ堅固なものではなく、占有訴権を基礎づけるに足りるものではない。

2 請求原因2は、そのうち被告が昭和六一年四月一日、原告に無断で私物を本件研究室より搬出し、その鍵を取り替えたことは認める。

3 請求原因3は否認する。

三  本訴の抗弁

1 原告は、被告大学の教授ないしは暫定特別専任教授としての地位に基づいて本件研究室の使用を認められていたのであるから、被告大学の教授ないしは暫定特別専任教授の地位を失ったときはその占有を失うというべきである。

しかるところ、原告は、定年確認事件の被告主張のとおり、昭和五九年三月三一日限り被告大学の教授を定年退職し、昭和六一年三月三一日限り被告大学の暫定特別専任教授も期間満了によって退職した。

2 被告には、次のとおり、本件研究室から原告の私物を搬出し、その鍵を取り替える緊急な必要性があり、その経緯及び態様の相当性からすると、被告が本件研究室から原告の私物を搬出し、その鍵を取り替えたのは、正当な行為というべきである。

(一) 原告は、昭和六一年三月三一日の経過によって被告の暫定特別専任教授を期間満了により退職することになるため、被告は、昭和六一年三月一四日付け及び同月二四日付け内容証明郵便で、雇用関係終了後の本件研究室の明渡しを催告した。

(二) 被告が、原告の私物を本件研究室から搬出する等した昭和六一年四月一日は、すでに新年度が始まっていたが、当時研究室が不足していて二ないし三名で一研究室を共用している教員もいる状態であったので、本件研究室を早急に後任の教授等に使用させ、その研究に資することが緊急に必要であった。

(三) 原告の私物の搬出に当たっては、私物が破損しないよう十分に配慮して取りまとめ、搬出後も施錠できる倉庫に搬入して破損、盗難、遺失等の事故が生じないよう十分に注意して保管を続け、搬出後も原告あての文書を本件研究室のドア等に掲示し原告にその引取りかたを要請した。

四  本訴の抗弁に対する認否

争う。

五  反訴の請求原因

1 被告は、本件研究室を所有している。

2 原告は、本件研究室を占有していたところ、被告にその占有を奪取されたとして占有回収の訴えを提起している。

3 よって、被告は、所有権に基づき、原告が、右占有回収の訴えに勝訴し、被告から本件研究室の引渡を受けたときは、本件研究室の明渡を求める。

六  反訴の請求原因に対する認否

請求原因事実は認める。

七  反訴の抗弁

原告は、被告大学の教授又は暫定特別専任教授であって、その地位に基づいて本件研究室の貸与を受け、これを占有していた。

八  反訴の抗弁に対する認否

原告が、被告大学の教授又は暫定特別専任教授であったこと、その地位に基づいて本件研究室の貸与を受け、これを占有していたことは認める。

九  反訴の再抗弁

原告は、定年確認事件の被告主張のとおり、昭和五九年三月三一日限り被告大学の教授を定年退職し、昭和六一年三月三一日限り被告の暫定特別専任教授を期間満了により退職した。

一〇  反訴の再抗弁に対する認否

争う

第三証拠(略)

理由

第一定年確認等請求事件について

一1  請求原因1(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  原告と被告間の雇用契約において、請求原因1(二)のような約定が存したことを認めるに足りる証拠はない。

なるほど、(証拠略)、原本の存在及びその成立に争いのない乙第七号証(当庁昭和五五年(ワ)第四三六二号事件の証人安信啓の証人調書の写)及び原告本人尋問の結果(第一、二回)並びに弁論の全趣旨によると、原告が被告の教授として就任する前(昭和四六年一二月ころ)に被告の大学電気工学科の主任教授であった森泉袈裟弥は原告に対し、被告の教授の定年は満七三歳であり、暫定特別専任教授のそれは満七五歳である旨を説明した事実を認めることができる。しかし、右事実は、説明のとおりの内容の雇用契約が締結されたことを認めるに足るものではなく、むしろ、後三1(二)認定のとおり、当時教授会において教授は満七三歳を経過した年度末に辞職する旨の申し合わせがなされていたから、その申し合わせの内容を説明したものと解することができる。

3  森泉袈裟弥が被告の大学電気工学科教授採用について被告の代理権を有していたことを認めるに足りる証拠はなく、また、電気工学科主任教授という名称が右の代理権を与えた旨の表示とも認められない。

二  請求原因2及び3の事実は当事者間に争いがない。

三  原告は、本件規程は、就業規則としては無効である旨主張するので、この点について判断する。

1  (本件規程作成の経緯)

(証拠略)及び弁論の全趣旨によると次の事実を認めることができ、原本の存在及びその成立に争いのない甲第三一(東京高等裁判所昭和五九年ネ第一五二〇号事件の証人横田道夫の証人調書)、乙第六号証(当庁昭和五五年(ワ)第四三六二号事件の原告秋山守雄本人調書の写)及び前出乙第七号証中の右認定に反する供述記載部分は採用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 被告においてはもともと定年制は実施されていなかったが、早くからその必要性が指摘され、昭和二七年ころから、数次にわたって定年制を含む就業規則の案が作成されたが、被告の教職員の過半数で構成する労働組合(工学院大学教職員組合連合、以下単に「組合」という。)の反対等により、制定・施行されるには至らなかった。

(二) 一方、昭和四四年ころ、いわゆる学園紛争のなかで学生から高年齢の教授に対する批判があり、これを一つのきっかけとして、昭和四四年一二月二三日の教授会において、(1)被告大学の教授で昭和四五年三月三一日までに満七五才に達した者は辞任する、(2)教育・研究上の必要あるときは、理事会は、教授会の議を経て、右の退職者のうちから暫定特別専任教授を委嘱することができる、暫定特別専任教授の期間は二年間とし更新しない、(3)退職金の支給率は現行の二割増とし、暫定特別専任教授の基本給は退職時の半額とすることを理事会に申請して承認を得る、などを申し合わせ、理事会の承認を得て「教授定年に関する覚書」が作成された。更に、昭和四五年度にも、辞任する年齢が満七三才と変更された他はほぼ同内容の申し合わせがなされ、理事会の承認を得て「昭和四五年度工学院大学教授定年に関する覚書」が作成された。そして、各年度ともこのとおり運用され、その後も、本件規程の施行まで昭和四五年度と同内容で運用されてきた(但し、覚書が作成されていない年度もある。)。

(三) 被告は、本件規程の制定に当たって、昭和五三年二月の教授会で、教育職員の定年を満六七才とし、職員の定年を満六五才とすること、おおむね本件定年規程と同内容の経過規程を設けること、七年以上勤続者で定年退職する者に対する退職金は二割増しとすること等の内容の定年規程を設けることを説明し、それぞれ意見を聴いたところ、いずれも賛成するする(ママ)ものが多かった。そこで、被告は、本件規程等の案を作成し、これを予め教職員に配付したうえで、同年六月二一日及び六月二七日に被告の新宿校舎及び八王子校舎でそれぞれ教職員に対する説明会を開催した。また、同年六月の教授会で意見を聴いたほか、同年七月一〇日には被告大学の教授、助教授及び講師で構成される教授総会において、意見を聴き、アンケートを行った。その結果は、賛成六九名、反対一六名、棄権一〇名というものであった。

その間、組合とも交渉を続け、右の案に若干の修正を施したうえ、同年九月二五日、組合の同意を得た。

そこで、被告は、同年九月二九日の理事会で本件規程、暫定特別専任教員規程等を同年一〇月一日から就業規則として施行することとして決定し、同日付けでこれを教職員に配付するとともに、同年一一月一日付けの被告の広報誌「弘報」に掲載した。

2(本件規程、暫定特別専任教員規程の内容)

当事者間に争いのない請求原因2の事実に成立に争いのない甲五号証の二を総合すると、本件規程のうち大学の教授に関するものの主要な内容は、次のようなものであることが認められる。

(一) 大学の教授、助教授等の教育職員は満六七歳を定年とし、定年の年齢に達した年度末に退職する。

(二) 勤続七年以上の定年退職者については任意退職の場合の退職金の一・二倍の退職金を支給する。

(三) 昭和五二年度末日現在の在籍者(昭和五三年四月一日及び同月二日付けの採用者を含む。)で、昭和五二年度末日現在の年齢が満五四歳の以上の教授(本件規程施行後教授に昇格する教育職員を含む。)の定年の年齢は次のとおりとする。

昭和五二年度末の年齢 定年の年齢

七三歳及び七二歳 七三歳

七一歳 七二歳

七〇歳及び六九歳 七一歳

五八歳から六八歳 七〇歳

五七歳及び五六歳 六九歳

五五歳及び五四歳 六八歳

(四) (三)の経過措置により退職する勤続五年以上の者に対しては任意退職の場合の退職金の一・二倍の退職金を支給する。

(五) 昭和五二年度末日現在の在籍者で、昭和五二年度末日現在の年齢が満五三歳以上の定年退職者で希望する者については、暫定特別専任教授を委嘱することができ、その委嘱期間は、昭和五二年度末日現在の年齢が満五八歳以上の者については定年退職の次の年度から一年度更新で二年度間、満五七歳以上の者については定年退職の次の年度から一年度間とする。

(六) 暫定特別専任教授は、定年退職時の二分の一の基本給のほか超過講義手当その他の手当(家族手当及び住宅手当を除く。)を支給される。

(七) 昭和四五年度から実施の工学院大学教授の定年に関する覚書による退職制度は昭和五三年一〇月から廃止し、同覚書による暫定特別専任教授の制度は昭和五五年三月末日をもって廃止する。

3(一)  右1認定の事実に照らすと本件規程は就業規則として制定されたものというべきである。なお、本件規程が就業規則として労働基準監督署長に届け出たことを認めるに足りる証拠はないが、労働基準監督署長に届け出られていないからといって本件規程が就業規則として当然に無効となるとは解せない。

(二)  当事者間に争いのない請求原因1(一)及び2の事実及び前1(二)及び2の事実によると、原告ら被告大学の教授は期間の定めなく被告に雇用され、運用上満七三歳に達した後最初の年度末に辞職すれば足りたところ、本件規程によって、満六七歳(ただし、原告については満七〇歳)に達した後最初の年度末をもって退職とされることとなり、本件規程は、実質的にはその雇用条件を不利益に変更するものということができる。

しかし、定年制は、その年齢が不当に低い等の事情のないかぎり合理性のある制度であるところ、満六七歳という本件規程による教員の定年年齢は不当に低いものとはいえず(<証拠略>によると、昭和四五年に被告が全国二〇〇大学について行った調査では定年制を設けている大学における教授の平均定年年齢は約六七歳であり、昭和五一年に組合が全国七二大学について行った調査によると教員の平均定年年齢は六七・五歳であったことが認められる。)、比較的高齢者について満六七歳という定年年齢を一律に適用することによる急な身分の変動という不利益を避けるため長期間に段階的に定年年齢を引き下げる経過措置が設けられていることなどをも考慮すると、本件規程は、合理的なものであり、有効ということができる。

4  また、原告は、教授の定年制は、被告大学の学則による教授会の審議事項である「教員の人事に関する事項」であり、また、被告においては教授会で審議するという事実たる慣習があるから、教授会の議を経ていない本件規程は無効であると主張する。

(一) そして、(証拠略)によると被告大学の学則第一三条は「教員の人事に関する事項」を教授会の審議事項の一つとして定めていることが認められる。しかし、「教員の人事に関する事項」に教員の定年制の問題が含まれると解すべき根拠は見当たらない。すなわち、大学の教員の定年制を設けることは一般的には研究・教育の自由と関わりのないことであるから、憲法二三条、教育基本法二条は原告の主張を支えるに足りるものではなく、学校教育法五九条一項の「重要な事項」中に教員の定年制が当然に含まれると解することもできないし、教育公務員特例法は私立大学には適用がないうえ、同法も教員の停年を定める権限は本来的には大学管理機関にあるとする趣旨であると解することができ、同法の趣旨を考慮しても被告大学の学則にいう「教員の人事に関する事項」に教員の定年制が含まれると解することはできない。

(二) また、被告において被告大学の教授の定年制は教授会が審議して定めるという事実たる慣習が存したことを認めるに足りる証拠はない。

なお、前1(二)認定の「教授定年に関する覚書」に基づく運用は、前1(一)、(二)認定の事実からすると定年が実施されるまでの間、教授が自発的に一定年齢に達した後最初の年度末をもって辞職することを教授会として申し合せるとともに、退職金の増額等を理事会に申入れ、被告もこれを承認してきたものというべきであって定年制を定めたものとは解されないから、原告主張のような事実たる慣習があったことを認めるに足りるものではない。

したがって、原告の右主張はいずれも失当である。

5  よって、原告は、昭和五九年三月三一日の経過により被告大学の教授を定年退職し、暫定特別専任教授も、昭和五九年三月三一日の次の年度から二年度間を経過した昭和六一年三月三一日の経過により期間満了により退職したものであって、本件規程が原告に対して効力を有しないことを前提とする甲事件請求は理由がない。

第二乙事件について

一1  請求原因1の事実及び同2の事実のうち、被告が、昭和六一年四月一日、原告に無断で原告の私物を本件研究室から搬出しその鍵を取り替えたことは当事者間に争いがない。

右事実によると、被告は、同日、原告の占有を奪ったというべきである。

2  なお、被告は、本件研究室は、大学院生らも使用しており、原告が排他的に占有していたものではないと主張するが、共同占有であっても、それを奪われた場合には、占有の訴えによってそれを回収することはできるから、被告のこの主張は主張自体失当である。

二  被告の抗弁1は、原告が、被告の教授又は暫定特別専任教授という地位に基づいて本件研究室を占有していたとしても、教授又は暫定特別専任教授を退職したことによって、本件研究室の占有という事実までが当然に消滅するものではない。被告の右主張は、要するに本件研究室の占有権原の喪失をいうものにすぎず、主張自体失当である。

三  他人の占有している部屋から、その私物を無断で搬出し、部屋の鍵を取り替えて、他人の占有を奪うことは、いわゆる自力救済が許される場合を除き、当該占有者に対する不法行為となるというべきである。そして、被告の抗弁2の主張は、同(二)主張事実が認められたとしても、本件研究室の使用の必要性が、法律に定める手続きによって明渡しを求められないほどの緊急やむを得ないものであるとの主張・立証はないから、(二)及び(三)の主張事実の存否にかかわらず、いまだ自力救済として適法なものとは認められないから失当である。

しかし、被告が、本件研究室の占有奪取に伴い原告の印章を奪ったとか紛失したこと(原告本人尋問の結果(第二回)によると、原告が印章を保管していたのは本件研究室ではないことが認められる。)、本件研究室内に保管されていた卒業生の卒業論文を廃棄したこと(なお、原告が右卒業論文に対し何らかの権利を有しているとの主張・立証はない。)は、いずれもこれを認めるに足りる証拠はない。

そして、証人茅原健の証言によると被告大学の教授が退職した場合に、その研究室等の明渡しは、私物整理などの都合からしばらくは遅くれることもあったことが認められるところ、原告が退職の日に法律の定める手続によらずに本件研究室の占有を奪われ、その使用も私物整理の機会も奪われたことによって精神的損害を被ったことは十分に推認できる。しかし、原告は、甲事件に対する理由中で説示したとおり、昭和六一年三月三一日の経過により被告との雇用関係は終了したのであるから、同年四月一日以降は、本件研究室の使用権原を失い、また、被告の同意なしに被告大学の校舎内に立ち入ることもできないのであるから、本件研究室の占有を奪われなかったとしても、当然にこれを使用することができたとはいえないことその他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると右損害を慰藉するには五万円をもって相当とする。

四  したがって、原告の乙事件本訴請求は、本件研究室の引渡し及び五万円の損害賠償を求める限度で理由があり(なお、仮執行の宣言を付す必要はないので、その申立ては却下する。)、その余は失当である。

第三丙事件について

一  請求原因及び抗弁は当事者間に争いがない。

そして、再抗弁が認められることは、甲事件についての理由中で説示したとおりである。

二  よって、被告の丙事件反訴請求は理由がある。

第四結論

以上の次第で、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 水上敏)

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